風土と歴史
右手を差し出してみてください。
泉の水を受けるように、掌を軽くくぼませて。
益子は、その掌の形によく似ています。
五本の指は山々、掌は丘陵、刻まれた皺は水の流れ。
栃木県の東南部、茨城県境。
遠く日光連山を見はるかす場所に、益子町はあります。
山肌を走るせせらぎは、
小貝川に流れ込んで大地を潤します。
町の東側には、八溝山地の一部をなす
鶏足山塊が連なります。
海抜533.3メートルの雨巻山、
シルエットの美しい芳賀富士、
そして落葉樹と照葉樹が見られる高館山。
温暖な気候は、豊かな森を育みました。
山を歩けば、春はシュンラン、カタクリ、ヤマザクラ。
夏にはヤマユリが香りを放ち、
古くからやきものづくりの燃料として使われてきた
アカマツも枝葉を伸ばしています。
紅葉の季節を迎えると、山々は燃えるような色を放ち、
冬景色へとうつろっていきます。
このように、低山ならではの温暖性植物が育つ一方で、
本来は高山にあるはずのブナ林がうっそうと茂っています。
これは最終氷期の植物の名残と考えられています。
年間百種以上の野鳥が、あるものは森にとどまり、
またあるものは長旅の羽を休めるために訪れます。
穏やかな風土は、動植物だけでなく、
人にとっても暮らしやすい場所。
深い森に守られた丘陵には、田畑と集落が点在しています。
にぎやかな表通りを一歩外れると、深閑とした細道が続き、
路傍には苔むした石の道標や観音像。
その先では、西明寺や大倉神社など
室町時代や鎌倉時代にまで歴史をさかのぼる
寺社が時を刻んでいます。
八坂神社の祇園祭りや風戸の念仏講などの伝統行事は
今も人から人へと継がれています。
先土器時代の石器や縄文時代の土器、
古墳時代の古窯なども数多く発掘されています。
遺跡は、人々が知恵を集め手を重ねながら、
綿々と生活を継いできた証でもあるのです。
代々この地で暮らす人はもとより、
遠くからこの地に惹かれて移り住んだ人も多く、
現在は2万5000人ほどが
風わたり日の射す掌の大地で暮らしを営んでいます。
泉の水を受けるように、掌を軽くくぼませて。
益子は、その掌の形によく似ています。
五本の指は山々、掌は丘陵、刻まれた皺は水の流れ。
栃木県の東南部、茨城県境。
遠く日光連山を見はるかす場所に、益子町はあります。
山肌を走るせせらぎは、
小貝川に流れ込んで大地を潤します。
町の東側には、八溝山地の一部をなす
鶏足山塊が連なります。
海抜533.3メートルの雨巻山、
シルエットの美しい芳賀富士、
そして落葉樹と照葉樹が見られる高館山。
温暖な気候は、豊かな森を育みました。
山を歩けば、春はシュンラン、カタクリ、ヤマザクラ。
夏にはヤマユリが香りを放ち、
古くからやきものづくりの燃料として使われてきた
アカマツも枝葉を伸ばしています。
紅葉の季節を迎えると、山々は燃えるような色を放ち、
冬景色へとうつろっていきます。
このように、低山ならではの温暖性植物が育つ一方で、
本来は高山にあるはずのブナ林がうっそうと茂っています。
これは最終氷期の植物の名残と考えられています。
年間百種以上の野鳥が、あるものは森にとどまり、
またあるものは長旅の羽を休めるために訪れます。
穏やかな風土は、動植物だけでなく、
人にとっても暮らしやすい場所。
深い森に守られた丘陵には、田畑と集落が点在しています。
にぎやかな表通りを一歩外れると、深閑とした細道が続き、
路傍には苔むした石の道標や観音像。
その先では、西明寺や大倉神社など
室町時代や鎌倉時代にまで歴史をさかのぼる
寺社が時を刻んでいます。
八坂神社の祇園祭りや風戸の念仏講などの伝統行事は
今も人から人へと継がれています。
先土器時代の石器や縄文時代の土器、
古墳時代の古窯なども数多く発掘されています。
遺跡は、人々が知恵を集め手を重ねながら、
綿々と生活を継いできた証でもあるのです。
代々この地で暮らす人はもとより、
遠くからこの地に惹かれて移り住んだ人も多く、
現在は2万5000人ほどが
風わたり日の射す掌の大地で暮らしを営んでいます。